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フラストレーション研究の源流― 磁気的フラストレーション


伝統的には、フラストレーション研究の源流は、局在磁性体のスピン自由度に伴う磁気的なフラストレーションに端を発している。例えば図に示したように、3角形ないしは4面体状に配置したスピン(イジングスピン)間に、隣り合うスピンを互いに逆向きに向けようとする反強磁性的な相互作用が働くと、スピンの安定配置がユニークに定まらずにフラストレーションが生じる。いわゆる幾何学的フラストレーションである。このフラストレーションのため、系は安定な構造に落ち着くことが出来ず、強い揺らぎの効果を受けることになる。フラストレートしたスピン系は、いわば「やわらかい」揺らぎの状態におかれる。



マクロな結晶においても、例えば3角格子やカゴメ格子といった3角形をユニットとした格子、あるいはパイロクロア格子のような4面体をユニットとした格子の場合には、結晶全体でも安定状態がユニークに定まらず、スピン系は低温まで強く揺らいだ特異な状態におかれる。これが「スピン液体」と呼ばれる状態で、特に量子効果が強い場合には、「量子スピン液体」などと呼ばれる。このような強い特異な揺らぎで特徴付けられる状態は、新奇な物性発現の母体となると期待される。特に量子性の強いフラストレート系では、フラストレーション効果に伴う揺らぎと量子揺らぎとの効果が相まって、興味深い状態が創り出される可能性が高い。例えば、量子スピン液体状態にドーピング等でキャリアを導入した場合どのような状態が実現されるかは、固体電子論の根幹とも係る極めて興味深い問題を提起する。

もちろん、現実の系では熱力学第3法則の要請があり、最終的には系は何らかの秩序化を起こすか、ないしは平衡状態から外れたガラス様の凍結を起こすことが多い。しかし、主たる相互作用だけでは縮退を解くことが出来ないようなケースでは、通常の非フラストレート系では無視できるような弱い相互作用が系に秩序化に当たって決定的な役割を果たし、フラストレート系特有の新しいタイプの熱力学的状態や相を出現させることがある。フラストレーション効果が、エネルギー・スケールのダウンシフトを引き起こし、フラストレーションが無い通常の場合には顕在化しなかったような新現象を誘発するわけである。しかも、このようなケースで実現される秩序は、しばしばフラストレーションのない通常のケースとは格段に異なった新奇な秩序になり得る。また、主たる相互作用で秩序化が起きる場合であっても、フラストレーション効果によりしばしば秩序の対称性が変わり、新しいタイプの秩序状態や新たなユニヴァーサリティクラスが実現することがある。そのような例として最近注目されているケースにカイラル秩序がある。「カイラリティ」という量は、系の秩序構造が局所的に「右手系」か「左手系」かを表す量として定義され、スピン系がフラストレーションのため局所的に立体的な構造を取ることによって初めて出現する量である。実際、非常に多くのフラストレート磁性体が、その磁気秩序状態においてカイラルなスピン構造を取る。フラストレーション効果のために出現したこのようなカイラリティ自由度に伴い、幾多の新奇な物性が現れることが、近年の研究で明らかになってきている。

前述のように、フラストレート系の中には、低温でも特定の秩序状態に秩序化することなくその揺らぎをスローダウンさせ、ついには熱平衡状態からはずれてガラス状態になるものも多い。その典型的な例がいわゆるスピングラスであるが、同様の現象は、例えばパイロクロア磁性体やカゴメ磁性体等の様々なフラストレート系で広く観測される。そのガラス秩序化の機構やエイジングやメモリー効果等の非平衡ダイナミックスの問題は、基礎レベルからも実用レベルからも大変興味深く重要であるが、未解決の点が多い。フラストレーションは、熱力学第3法則の起源といった熱統計力学の根本問題へ迫るルートをも提供する。
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