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フラストレーション研究の展開 − 金属・強相関系から誘電体まで

以上は、磁性体を舞台としたスピン系のフラストレーションであったが、実は同様の現象は決して磁性体に限られたものではない。例えば、磁場中の第2種超伝導体や銅酸化物の超伝導セラミックスでは、超伝導の秩序変数である位相自由度を舞台として、スピン系の磁気的フラストレーションと類似のフラストレーション効果が生じる。また、それに伴う新奇な秩序状態の出現等も予想されている。

フラストレートしたスピン系と伝導電子の間のカップリング、あるいは遍歴電子系自体のフラストレーションが生む新現象にも、最近大きな関心が集まっている。例えば、ある種の金属パイロクロア磁性体やスピングラスにおいては、前述のスピンカイラリティが伝導電子に対しベリー位相を付与し異常ホール効果を導くことが、最近明らかになりつつある(カイラリティ起源の異常ホール効果と巨大実効磁場)。LiV2O4 金属スピネルでは、低温で伝導電子の有効質量が異常に重くなり ― 既知のd電子系の中では最も重い ― 所謂「重い電子系」が形成される。スピネルのB‐サイトは前述のパイロクロア格子構造を持っており、この現象にスピンフラストレーションが重要な役割を果たしている可能性が高い。また、金属パイロクロアで近年相次いで観測された新規超伝導においても、フラストレーションとの関わりに興味がもたれている。このように、フラストレーション概念は、今や局在磁性にとどまらず、金属・強相関電子系の分野へも新たな展開を見せつつある。

この様に、スピンのフラストレーションが引き起こす強く揺らいだ状態は興味深い諸現象の母体になる一方、しばしばスピン系は、スピン自由度以外の他の自由度 − 特に格子・軌道・電荷といった自由度 − と強くカップルし、これら他の自由度を使ってフラストレーションを解消しようとする。このようなフラストレートしたスピン系と格子・軌道・電荷といった自由度のカップリングは、多様なスピネル化合物で最も典型的に見られる。強いフラストレーションのため、スピン系だけでは秩序化できないような状況において、例えば Cr スピネルは格子を歪ませることにより磁気秩序化を実現する(スピン・ヤンテラー効果)。類似の機構により、スピンフラストレーションを解消するべく軌道や電荷の秩序が誘起される場合もある。

さらには、スピン・格子・軌道・電荷といった異なった自由度の間に競合・フラストレーションが生じることもある。例えば、3角格子磁性体LiNiO2 等においては、スピン自由度と軌道自由度の間にこのようなフラストレーションが生じるため、スピン・軌道双方の秩序が達成できず、系は低温で「量子スピン軌道液体」状態になっているのではないか、と推論されている。系によっては、スピンと電荷とのカップリングに伴う「量子スピン電荷液体」という可能性もある。前述の伝導電子系とのカップリングも含め、これらスピン以外の自由度とのカップリングに関する研究は近年特に活発化しており、フラストレート系の物性科学を一層豊富なものにしている。



磁性・伝導と並ぶ物質の基本的性質として誘電的性質がある。本申請においては、誘電現象におけるフラストレーションも主要なテーマとして取り上げる。最近、フラストレーションによって実現したスピンのヘリカル(螺旋)構造に起因し顕著な強誘電性が出現する一連の磁気強誘電物質が発見され、注目されている。磁場により電気分極が、電場により磁性が制御出来るわけで、スピントロニクス等への応用も重要である。この磁気強誘電性の出現には、スピン系がヘリカル(螺旋)構造を持つことが本質的である。スピンのヘリカル構造を安定化させているのは、実はスピンフラストレーションに他ならない。まさに、フラストレーションが創り出す興味深い効果と言える。本特定領域研究においては、領域内の他計画研究班とも連携を取りつつ、フラストレーションという切り口からの独自の
磁気強誘電性の探求を推進したい。磁気強誘電性は応用面においても、例えば「無限回使用できるカイラリティメモリー」や「コイルの無い電磁石」といったフラストレーション効果の夢のある研究目標を提供する。

磁気強誘電性は磁性と誘電性を結ぶ現象であるが、誘電体そのものに内在するフラストレーション効果が新奇な現象を導く場合もある。リラクサーと呼ばれる一連の誘電体は、数万にも及ぶ巨大な誘電率を持ち、実用上も極めて重要な物質である。しかしながら、その巨大誘電率の起源が実は未だ良く理解されていない。系の中に存在するナノサイズの不均一性が鍵になっているが、それ以上のメカニズムについては今後の課題である。実は、リラクサーにおいても、フラストレーションが重要な要素に成っている。典型的なリラクサー PMNを例に取ると、構成元素Mg と Nb間の組成比が格子系を安定化させるには1:1比がよいのに対し電荷を安定化させるには1:2比がよい。この2つの要請は両立できず、格子自由度と電荷自由度の間にフラストレーションが存在する。本特定領域異申請においては、領域内の他分野と連携を取りつつ、フラストレーションという切り口からの独自のリラクサー誘電体の物性研究を推進する。実際、「フラストレーション」および上述の不均一性に伴う「ランダムネス」は、スピングラスの2大要素として磁性や統計物理の分野ではよく知ら
れていたものである。フラストレーションという切り口を通して見ることによってリラクサーの物性の理解も飛躍的に深まり、ひいては新規強誘電物質の開発への道も拓かれるものと考えている。
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